龍頭山 光明院 / 四国八十八ヶ所霊場 第26番札所

金剛頂寺

金剛頂寺

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寛政12年(1800年)に書かれた『四国遍禮名所圖會』より「西寺(にしでら)」(金剛頂寺)

お遍路とともに

四国八十八カ所霊場 第二十六番札所 金剛頂寺

本尊 : 薬師如来
真言 : オン コロコロ センダリ マトウギ ソワカ
御詠歌 : 往生に望みをかくる極楽は 
月の傾く西寺の空

室戸市の町中にある25番札所の津照寺(しんしょうじ)から国道55号線を行当崎に向かい、左手に太平洋を眺めながら3キロほど行くと、室戸病院が右手に見える。その先を右手に曲がると徐々に坂は急になり、2.5キロほどで山門前に着く。太平洋の波音を聞き、山に入れば小鳥がさえずる。温暖な気候が冬でもブーゲンビリアやハイビスカスの花を残し、椿やシャコバサボテンとともに咲いている。弘法大師もまたここ室戸で修行し、歌を詠んだ。「法性(ほっしょう)の室戸と聞けど我が住めば有為(うい)の波風寄せぬ日ぞなき」。「修行の室戸と聞き住んでみると、波風が押し寄せない日はない。ものは、たえず変化して同じものはない。」と。

27番神峯寺(こうのみねじ)までは約35.5キロ。金剛頂寺から行当崎に抜ける遍路道を下ること20分ほどで不動堂に着く。同行二人、上り坂も下り坂も、また平坦な道もともに歩く遍路である。

遍路とは
大自然と融け合う
ということ
六十七世住職 坂井智宏

私は25、6歳の頃、四国を廻りました。その頃は金剛頂寺に向かう道は舗装されておらず細い遍路道でした。

お遍路さんの姿は時代によって違います。弘法大師空海の軌跡を辿る山岳修行からはじまり、江戸時代になると生活の苦しみや病を背負って一生を過ごす遍路となります。昭和39年頃からは、自分を見つめ直すための遍路、供養のための遍路となってきました。前年に四国のバス会社が巡礼バスを運行しはじめたからです。私の元へも、お遍路さんの旅館が確保できないのでお寺を開放してほしいと問い合わせがあり、宿を提供するようになりました。

密教は、自分の心を写して仏と対話するのが本来の姿であるという考えです。大自然のなかに身を置いて、お大師さんとともに、お大師さんを心の支えとして歩いてゆく。お遍路さんは本尊の前で拝み、大師堂の前で拝みます。

そのとき、仏様を通してもう一度、自分のことを見直して次に進むことが大切です。本尊にお願いする前に、仏様を通して自分の心を見る拝み方があっていいのではないかと思います。素直に拝んでいればいいのです。他のことを考えずに無心に拝む。じっくり自分を見つめることです。いいところも悪いところもあるのが人間で、苦しみがあるのは当たり前です。人生というのは、生まれたからには死にますから、その間にどのような生き方をするかということです。 無心に拝み、大自然のなかを歩いていくと自然のなかに生かされているという感覚が自然に湧いてきます。すると、心が柔らかくなります。お接待というおもてなしを受けると自分も変わってきます。

遍路とは、嬉しさも悲しさも四国の大自然のなかに区別なく融け合って、いつしかお大師さんによって浄化され、清々しく感じられる、そういうものではないでしょうか。

西寺檀信徒会館
〔宿坊〕
にしでらだんしんとかいかん - 山門からさらに山沿いの道を上がって行くと檀信徒会館がある。100名が宿泊できる宿坊でもあり、各部屋の窓からは、太平洋が一望できる。

茶室
「影向庵」
ようごうあん - 魚籃観音を祀る金剛頂寺第二の水源近く、檀信徒会館の隣に茶室「影向庵」がある。

檀信徒会館を笑顔で支える「影向会(ようごうかい)」の人々
心に響く御詠歌を唱える「西寺大師講」の人々