龍頭山 光明院 / 四国八十八ヶ所霊場 第26番札所

金剛頂寺

金剛頂寺

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法要のご案内

1月1日
8日
新年法要 初詣
初薬師法要 大般若会 
11時から本堂
本堂の秘仏、薬師如来御開帳
(大晦日から8日まで)
2月3日節分会
3月不動堂法要(旧暦1月28日)
春の彼岸会
4月正御影供 御影堂〔大師堂〕(旧暦3月21日)
弘法大師御開帳
7月胡瓜封じ(土用の丑の日)
8月15日盂蘭盆会 盆踊り
9月秋の彼岸会
12月31日除夜の鐘
大般若会

だいはんにゃえ - 西遊記の主人公となっている玄奘三蔵訳の大般若波羅蜜多経六百巻を転読する法会。古くは勅命により行われ、国家安穏と除災招福を祈願する。大寺では恒例の法会。金剛頂寺では、初薬師の1月8日に行っている。

ご祈願とご回向

厄除祈願、身体健全、病気平癒、入試合格、
安産祈願、
商売繁盛、交通安全、諸願成就、
先祖供養

金剛頂寺のあゆみ

和暦西暦空海と金剛頂寺関連の事柄
宝亀5774空海、讃岐国(香川県)多度郡で誕生。
延暦10791空海、大学に入学。
この頃、「求聞持法」を学び、阿波の大瀧嶽や土佐の室戸崎で修行をする。
延暦16797空海、12月1日付で『三教指帰』を著す。
延暦23804空海、7月6日、肥前松浦郡田浦を出港。8月10日福州赤岸鎮に到着。
12月21日、長安に到着。
延暦24805空海、6月13日、青龍寺の恵果和尚に対面する。
大同元806空海、10月頃、帰朝。10月22日、『御請来目録』を奏上する。
大同28074月29日、太宰府から観世音寺の空海のもとへ官符が下る。
金剛頂寺、創建。
大同4809嵯峨天皇即位。空海、7月高雄山寺(神護寺)に入住。
弘仁7816空海、高野山を賜らわんことを請う。
弘仁14823正月19日、空海、嵯峨天皇より教王護国寺(東寺)を託される。
天長5828空海、「綜芸種智院」を創設する。
承和28353月21日、空海入定する。
4月21日、智光入滅する。
承平5935この頃、紀貫之の『土佐日記』が成立する。
承徳21098十一世住職、蓮、高野山から土佐に戻る。この年、入滅。
元暦21185文覚、神護寺再興のため「四十五箇条起請文」を奏上する。
建長51253この頃、龍圓が十三世住職となる。最御崎寺の住職を兼務する。板彫真言八祖像の願主。
正安21300この頃、我寶が十四世住職となる。金剛頂寺、槇尾寺、最御崎寺を兼務する。
正安41302性仁法親王、仏師を金剛頂寺に遣わし大師像を模刻させる。
元亨21322この頃、頼堅が十五世住職となる。金剛頂寺、槇尾寺、最御崎寺を兼務する。
嘉暦21327法眼定審によって板彫真言八祖像がつくられる。
建武元1334この年から文和4年(1355)頃、覚宥、十六世住職となる。
文明111479金剛頂寺、大火により伽藍の多くを焼失する。
寛文516656月、御影堂、護摩堂を再建する。
寛政121800『四国遍禮名所圖會』が書かれる。
明治291896古川義道が六十三世住職となる。
明治321899金剛頂寺、大火により伽藍の多くを焼失する。
明治341901多宝塔を除く伽藍を再建する。
大正21913仁王門を再建する。
昭和81933探空、六十六世住職となる。
昭和341959霊宝殿を建立する。 
昭和351960梵鐘が泉井守一により寄進される。
昭和491974智宏、六十七世住職となる。
昭和571982本堂を再建する。
平成152003鐘楼堂を再建する。
平成2520149月20日、五智如来石碑が県最古の石板塔婆として県の重要文化財に指定される。

歴代住職


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